さて、岡山商工会議所の窓口相談員として働き始めた年の最初の冬を迎えたある日、ボクはうっかり風邪を引いてしまいました。この調子では、翌日どうしても出勤できそうもないと思い、「風邪を引いたようなので、ご迷惑をお掛けしますが明日は休ませて下さい」とS課長に予め電話で連絡しました。すると、「分かりました、明日はこちらで業務を回しておきますので心配ありません。ごゆっくりご静養下さい。どうぞお大事に」と言っていただき、ホッと安心したことを覚えています。
しかし、それも束の間、後日手にした謝金の支払い明細には、その日の謝金は計算に入っていませんでした。当然と言えば当然のことなのですが、この経験は長年サラリーマンとして過ごしてきたボクには、とても教訓的な出来事でした。「そうか、これが自ら独立して事業を行う者の自己責任というものなのか」と、その時、身を持って大きな気付きを得た訳です。そして、「なるほど、こうして休んでしまうと、その分収入が減ってしまう。収入が減れば、それは家計に直接影響する」と考え、「これからは風邪など引かない」と心に決めたのです。
それ以来、ボクは風邪を引いたことがありません。よく考えてみると、なぜ引かないのか自分でも不思議に思うのですが、まず何よりも、丈夫な身体に生んでくれた両親のお陰だと感謝しなければならないでしょう。それに加え、特別なことをしている訳ではありませんが、以前よりも風邪を引かないよう、自ら自然に気に掛けるようになっていることも関係しているものと思います。また、中には迷信だと言う方がおられるかもしれませんが、まさに、これが「病は気から」という諺の意味であり、こうした意思の力というものも大いに影響しているのだろうとボクは考えています。
風邪で休んでしまい謝金をいただくことが出来なかったという、このシンプルながらシビアな実体験は、働かなければ価値は生まれないという経営学の根本原理を、ボクに教えてくれたような気がします。今となってみれば、学生たちに経営学を教える立場になる前に人生の遠回りをしたお陰で、こうした実感を得る経験ができたことは、とても有難いことだったと心から思っています。もし、サラリーマンを辞めた時のボクの当初の望み通り、すぐに大学の教員になることができていたら、単なる「知識」に止まらない、実体験から得られたこうした「知恵」を、学生たちに伝えることはできなかったろうと思います。
ボクのゼミナールでは、授業を欠席する時や遅刻する時には、必ず事前に連絡する約束になっています(これには、ゼミ生たちに社会に出てからのルールを、前もって身に付けてもらおうという意図もあるのですが)。毎年、冬場になってくると「今日は風邪を引いたようなので休ませて下さい」という学生がちらほら出てきます。もちろん、ボクは「大丈夫ですか? しっかり休んで早く治して下さい。もし、何か困ったことがあれば遠慮なく連絡して下さい。ではお大事に」と答えます。
しかし、こうしたことがあると後日、ゼミ生たちはボクのお説教を聞く羽目に陥ります。お説教と言っても大学のゼミナールの場ですので当然、反論や批判は大いに歓迎なのですが。 (つづく)
しかし、それも束の間、後日手にした謝金の支払い明細には、その日の謝金は計算に入っていませんでした。当然と言えば当然のことなのですが、この経験は長年サラリーマンとして過ごしてきたボクには、とても教訓的な出来事でした。「そうか、これが自ら独立して事業を行う者の自己責任というものなのか」と、その時、身を持って大きな気付きを得た訳です。そして、「なるほど、こうして休んでしまうと、その分収入が減ってしまう。収入が減れば、それは家計に直接影響する」と考え、「これからは風邪など引かない」と心に決めたのです。
それ以来、ボクは風邪を引いたことがありません。よく考えてみると、なぜ引かないのか自分でも不思議に思うのですが、まず何よりも、丈夫な身体に生んでくれた両親のお陰だと感謝しなければならないでしょう。それに加え、特別なことをしている訳ではありませんが、以前よりも風邪を引かないよう、自ら自然に気に掛けるようになっていることも関係しているものと思います。また、中には迷信だと言う方がおられるかもしれませんが、まさに、これが「病は気から」という諺の意味であり、こうした意思の力というものも大いに影響しているのだろうとボクは考えています。
風邪で休んでしまい謝金をいただくことが出来なかったという、このシンプルながらシビアな実体験は、働かなければ価値は生まれないという経営学の根本原理を、ボクに教えてくれたような気がします。今となってみれば、学生たちに経営学を教える立場になる前に人生の遠回りをしたお陰で、こうした実感を得る経験ができたことは、とても有難いことだったと心から思っています。もし、サラリーマンを辞めた時のボクの当初の望み通り、すぐに大学の教員になることができていたら、単なる「知識」に止まらない、実体験から得られたこうした「知恵」を、学生たちに伝えることはできなかったろうと思います。
ボクのゼミナールでは、授業を欠席する時や遅刻する時には、必ず事前に連絡する約束になっています(これには、ゼミ生たちに社会に出てからのルールを、前もって身に付けてもらおうという意図もあるのですが)。毎年、冬場になってくると「今日は風邪を引いたようなので休ませて下さい」という学生がちらほら出てきます。もちろん、ボクは「大丈夫ですか? しっかり休んで早く治して下さい。もし、何か困ったことがあれば遠慮なく連絡して下さい。ではお大事に」と答えます。
しかし、こうしたことがあると後日、ゼミ生たちはボクのお説教を聞く羽目に陥ります。お説教と言っても大学のゼミナールの場ですので当然、反論や批判は大いに歓迎なのですが。 (つづく)