「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、猛暑が続いた今年の夏もやっと涼しさを覚えるようになってきました。ウィキペディアには、こうした体感のみならず実際に気象庁のデータからも、この慣用句の意味するところは概ね的を射ているようだと書かれています。そうした折、既に彼岸前から広島県内ではインフルエンザの流行が始まっており、県は手洗いやうがいなど感染対策の徹底を呼び掛けているというニュースが流れてきました。つい先日まで「暑い、暑い」が口癖になっていたのに、もうインフルエンザの流行なのかと耳を疑ったのですが、既に広島市や東広島市の学校で学級閉鎖が発生したと報道されていました。また、この傾向は広島県だけではなく、全国的に平年より1か月ほど早い流行のようですので、皆様もご注意下さい。
確認のため、県のホームページに当たってみると確かに、広島県感染症・疾病管理センターから、9月10日付でインフルエンザの「流行入り」が宣言されていました。この流行入りというのは、県全体の報告患者数が定点当たり1以上となった時に判定されるそうで、今回はそれが1.33(患者数221人)となったため宣言されたということでした。参考までに、この数値が10以上になった時には「注意報発令」、さらにそれが30以上になると「警報発令」となり、その後この数値が10未満になった時点で「警報解除」となるそうです。
とは言え、浅学ゆえに「定点当たり」が何を意味するのか分からなかったので、ついでに調べてみると、県内の各地域のバランスに考慮しながら定点となる複数の医療機関を定めた上で、各機関から1週間ごとの患者数の報告を受け、その総和を定点機関の数で除した数値、すなわち一定点機関当たりの平均患者数のことでした。怪我の功名で、今回一つ賢くなりました。今後はニュースなどで、インフルエンザの流行入りとか、警報発令などといった言葉を耳にすると、これまで以上に関心を持てるような気がします。
インフルエンザと言えば、実は普段からボクは「風邪を引かない」と公言しています。昔から言われている「〇〇は風邪を引かない」という面が大いにあると思うのですが、それ以外にも次のような理由があります。ボクは40歳の時に証券会社を退職した後、研究者になろうと大学院の課程を修了するまで、職業を転々としながら家族4人の生活費と自らの学費を工面していました。しかし、博士の学位取得後も大学のポストに就くことが出来ず、やむを得ず48歳の時に経営コンサルタントとして独立し、人生初の個人事業主となりました。
独立当初、中小企業診断士の先輩が、すぐには仕事がないだろうと慮って下さり、自ら務めていた岡山商工会議所での窓口経営相談員の仕事を、ボクに譲って下さいました。また、会議所の方々にも大変お世話になり、特に所属する課のS課長には、まだ右も左も分からなかったボクをフォローしていただいたばかりか、仕事を教えていただき本当に有難かった思い出があります。その後のボクは、こうしてお世話になったたくさんの方々への恩返しのためにも、困っている経営者や後輩診断士への恩送りを心掛けてきました。そして今も、学生たちに恩を送る気持ちで教育に当たっています。
(つづく)
確認のため、県のホームページに当たってみると確かに、広島県感染症・疾病管理センターから、9月10日付でインフルエンザの「流行入り」が宣言されていました。この流行入りというのは、県全体の報告患者数が定点当たり1以上となった時に判定されるそうで、今回はそれが1.33(患者数221人)となったため宣言されたということでした。参考までに、この数値が10以上になった時には「注意報発令」、さらにそれが30以上になると「警報発令」となり、その後この数値が10未満になった時点で「警報解除」となるそうです。
とは言え、浅学ゆえに「定点当たり」が何を意味するのか分からなかったので、ついでに調べてみると、県内の各地域のバランスに考慮しながら定点となる複数の医療機関を定めた上で、各機関から1週間ごとの患者数の報告を受け、その総和を定点機関の数で除した数値、すなわち一定点機関当たりの平均患者数のことでした。怪我の功名で、今回一つ賢くなりました。今後はニュースなどで、インフルエンザの流行入りとか、警報発令などといった言葉を耳にすると、これまで以上に関心を持てるような気がします。
インフルエンザと言えば、実は普段からボクは「風邪を引かない」と公言しています。昔から言われている「〇〇は風邪を引かない」という面が大いにあると思うのですが、それ以外にも次のような理由があります。ボクは40歳の時に証券会社を退職した後、研究者になろうと大学院の課程を修了するまで、職業を転々としながら家族4人の生活費と自らの学費を工面していました。しかし、博士の学位取得後も大学のポストに就くことが出来ず、やむを得ず48歳の時に経営コンサルタントとして独立し、人生初の個人事業主となりました。
独立当初、中小企業診断士の先輩が、すぐには仕事がないだろうと慮って下さり、自ら務めていた岡山商工会議所での窓口経営相談員の仕事を、ボクに譲って下さいました。また、会議所の方々にも大変お世話になり、特に所属する課のS課長には、まだ右も左も分からなかったボクをフォローしていただいたばかりか、仕事を教えていただき本当に有難かった思い出があります。その後のボクは、こうしてお世話になったたくさんの方々への恩返しのためにも、困っている経営者や後輩診断士への恩送りを心掛けてきました。そして今も、学生たちに恩を送る気持ちで教育に当たっています。
(つづく)