今年も3月1日から古都、奈良の東大寺二月堂にて「修二会(しゅにえ)」の本行が始まりました。天下泰安や五穀豊穣など、人々の幸福を願って行われる修二会は、1250有余年もの間一度として絶えることなく、今日まで連綿と続いている行事です。本行は14日まで行われますが、一般には行中12日の深夜に執り行われる儀式に因んで、「お水取り」として知られています。お水取りについて東大寺のホームページを見ると、「若狭井という井戸から観音さまにお供えする「お香水(こうずい)」を汲み上げる儀式」であり、「この行を勤める練行衆の道明かりとして、夜毎、大きな松明に火がともされる」と解説されています。奈良では、お水取りが終ると春が来ると言われています。
ボクが小学生の頃、切手を収集していたことは以前にもお話ししたことがあると思いますが、当時「第一次国宝シリーズ」の図案となっていた、法隆寺金堂および五重塔の威容と、東大寺三月堂の月光菩薩、法隆寺の百済観音、興福寺の阿修羅など、南都の寺院に安置されている仏像たちの気品ある静謐な美しさに、すっかり魅せられていました。ですから、1970年に開催された大阪万博へ家族で行った時に、どうしてもと両親に無理強いして、奈良へも足を延ばしたことを覚えています。恥ずかしながら、あの万博で何を見たのか今ではさっぱり記憶がないのですが、あの時初めて目にした奈良の美しい光景の数々は、今も目に浮かんできます。
さらに、高校生の時に手にした会津八一の『鹿鳴集』という歌集で、「くわんおん の しろき ひたひ に やうらく の かげ うごかして かぜ わたる みゆ」、「みほとけ の うつらまなこ に いにしへ の やまとくにばら かすみて ある らし」、「おほてら の まろき はしら の つきかげ を つちに ふみ つつ もの を こそ おもへ」などの歌に触れた時、尚更に奈良への憧憬が高まりました。平仮名のみを用いた旧仮名使いと、歌中に多くの字間を配した独特の様式で詠まれた歌は、いかにもゆったりと幻想的で、さぞ奈良時代の南都は、こうした雰囲気に包まれていたのだろうという思いに包まれます。
以前、学会で都内の大学(八一が教鞭を執っていた早稲田大学か?)を訪れた時、学舎内の壁に何気なく、「学規」と題された額が掛けられていました。近寄ってみると、そこには、
・ふかくこの生を愛すへし
・かへりみて己を知るへし
・学藝を以て性を養ふへし
・日々新面目あるへし
と、独特の書体で伸び伸びと書かれており、最後に「秋艸道人」と記されていたので、それが、あの会津八一の書であると判り、学規を心に刻んでおこうと何度も復唱したことを覚えています。
その後、幾年か経って偶然、学規の複製を入手できたので、画材屋さんで丁寧に額装してもらって部屋に掛け、それ以来、毎朝、学規を音読することがボクの日課となっています。「深くこの生を愛すべし、顧みて己を知るべし、学芸を以って性を養うべし、日々新面目あるべし」。最後の文の「新面目」という言葉は、今までになかった新しい姿や、一新した有様を意味しており、学規を唱え終えると、今日も何らかの新面目があるようにしたいと、気合の入った新しい一日の始まりとなります。