郷土(現、福山市加茂町)出身の作家、井伏鱒二の筆名に鱒と言う字が使われているのは、彼が無類の釣り好きだったことに由来しているそうです。井伏のような釣り好きの間に、「釣りは鮒に始まり鮒に終わる」という格言があるようですが、これに準えれば、「商売は笑顔に始まり笑顔に終わる」と言えるのではないかと思います。
実は、それだけに先日、新聞で日本マクドナルドの「スマイルあげない(NoSmile)」キャンペーンが、国際的な広告フェスティバルで金賞と銅賞を受賞したという記事を目にした時は、内心ショックを受けました。記事の中のポスターの写真には、若年層に人気のある歌手の「あのちゃん」が、マクドナルドの制服を着て、醒めた目線でカメラを見つめており、その下にNoSmilesというコピーが付いています。記事の解説では、クルー(店舗スタッフ)の確保に苦戦する同社が、笑顔が苦手で応募を見合わせる若い人が増えていることに対応するために始めたキャンペーンだとされていました。
そこで、同社のホームページを確かめると、このキャンペーンは、マクドナルドが大切にしてきた「スマイル0円」の価値観を時代に合わせてアップデートし、主にZ世代を含む若年層に対し、“働き方の多様性”を訴求するために企画した統合キャンペーンだとされています。また、昨年6月に動画が公開されると大きな反響を呼び、昨年のクルーの応募数が、前年比115%に達するなど、採用にも大きな影響があったと書かれていました。
早速、その動画を観てみると、ポスターと同じの姿の「あのちゃん」が、自ら作詞、作曲に関わった曲を、独特の淡々とした歌声とロボティックな振り付けで歌っています。歌詞にはゲーム用語が散りばめられ、「足りてない協調性」とか「コミュニケーションは難しい」などのフレーズが並び、「僕はニコッとスマイルあげないぜ」と何度も繰り返されます。それでも歌の最後で、「いつかニコッと素直になれますか? 今はスマイルあげられない」という歌詞を聞いた時には、こうした若い人の今の気持ちもわかるような気がして、少しホッとしました。
「釣りは鮒(フナ)に始まり鮒に終わる」という格言は、子供の頃に遊びで鮒釣りをしていた人が、やがて釣りの面白さに目覚めると磯釣り、船釣り、渓流釣りなどに熱中する。しかし、最後にはまた鮒釣りに戻り、鮒との駆け引きそれ自体の中に、釣りの奥深さを見出すことを楽しむようになるという意のようです。それを考えると、最初は笑顔が出なくても、また、ぎこちない笑顔であっても、商売の様々なシーンにおいて様々な人の笑顔に触れるごとに、最後には自然と心からの笑顔が湧いてくるようになり、それがまた他の人の笑顔を引き出していくようになるのだと思います。なぜなら、本当によい商売とは、まさに人を笑顔にすることに他ならないからです。