福山平成大学 小川教授の「経営の福袋」第49新年の志

あけましておめでとうございます。謹んで新春のお慶びを申し上げます。本コラムを書き始めて二度目の正月を迎え、こうして貴重な紙面を拙文に費やしていただけるのも、本誌読者の皆さまのお陰だと有難く思っております。

 さて、数え年で言えば、新しい年を迎えるとみんなが一つずつ歳を取り、誰もが去年よりも一つ成長することになるため、年賀には互いにそれを祝い合うという意味もありそうです。ご存じの方も多いと思いますが、論語の爲政第二に「子の曰く、吾れ十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳従う。七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず(のりをこえず)」という一文があります。現代文に直すと、「先生が言われた。私は十五歳で学問に志し、三十になって独立した立場を持ち、四十になってあれこれと迷わず、五十になって天命をわきまえ、六十になって人の言葉がすなおに聞かれ、七十になると思うままにふるまってそれで道をはずれないようになった」(岩波文庫)となります。ボク自身、来年は数え年で七十になるのですが、これまでもこの文章を読む度に、どの節目を取っても情けなく思ってきたような次第です。

 先だってラジオで、フランス国立科学研究センターの研究ディレクターや、京都大学こころの未来研究センター特任教授などを歴任された、歴史文献学者の今枝由郎先生がお話をされていました。先生は子供の頃に、仏教のお経には何が書いてあるのかと興味を持ち始め、最も古い文献とされる古代インド語のサンスクリット語やバーリ語で書かれた原典を自分で読もうと独学で両言語の修得を志し、大谷大学で本格的に経典を学ばれた後、世界的に仏典の研究が最も進んでいるフランスに渡って研究を続けられたということです。さらに、仏教の経典が最も大系的に残っているのがチベットだと知ると、今度はチベット語を学んで、当時、鎖国状態だったブータンに入り、長年チベット仏典の解読に取り組まれてきたということでした。

 それを聴き、非才なボクなどは及ぶべくもない、まるで論語の言葉を地で行くような人生を送ってこられたのだと感心し、羨ましく思った次第です。しかし、ご本人曰く、自らの一生はこうして仏典を研究することだけに費やしてきたが、それによって最後に解ったことは、人間としての仏陀が説いた「人の心」、「人としての生き方」という原点だったと話されていたことが印象的で、既に仏教の原典を読む能力も時間も残されていないボクですが、「やはりそうだったのか」と救われたような思いでした。

 実は、今枝先生がお話の中で上記の論語の言葉を取り上げられ、歴史文献学的には「十有五にして学に志す」の「志」は、「三十にして立つことを志す。四十にして不惑を志す」などのように、すべての文節に掛かっていると考えられるとおっしゃったのを聴いて、「なるほど」と長年の溜飲が下がる思いがしました。そこで今年からは、「七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えないこと」を志していきたいと考えています。

 では、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。