歳末の一大イベントと言えば、やはりクリスマスということになりそうです。最近は、恋人や友人にクリスマスプレゼントを贈る若い方も多いようですが、子供たちにとっての最大の楽しみは、何と言ってもサンタクロースからのプレゼントではないでしょうか。こうしてクリスマスに贈り物をする習慣は、新約聖書のイエス・キリストの誕生に関する記述に由来すると言われています。マタイ伝第2章には、「すると、彼ら(東方の三博士)がかつて昇るのを見たあの星が、彼らの先に立って進み、幼子(イエス)のいる場所まで来て止まった。…家の中に入ってみると、幼子が母マリアとともにおられた。彼らはひれ伏して幼子を礼拝した、そして宝箱を開けて、黄金、乳香、没薬(もつやく)を贈り物としてささげた」と書かれています。
実は、毎年この時期になると必ず思い出す美しい物語があります。それは少年の頃に読んだ、米国の作家オー・ヘンリーの「賢者の贈り物」という話なのですが、若く貧しい夫婦のこの物語をご存じの方も多いものと思います。貧しい暮らしを送る若い夫婦が大切にしていたものは、夫の持っている祖父から父へと受け継がれてきた金の時計と妻の長く美しい髪で、それらは二人の誇りでした。クリスマスイブの日、夫は妻へのプレゼントに、彼女が以前から憧れていたブロードウェイの店に飾ってあった鼈甲の飾り櫛を購入します。しかし、仕事を終え寒さの中、プレゼントを携えて帰宅した夫は、髪が短くなった妻を見て愕然とします。聞くと妻は、夫のために髪を売ってしまったと言うのです。夫は夢から覚めたようにはっとし、愛しい妻を抱き締めます。
ここで作者は、読者に考えてもらいたいとして次のような問いを挿みます。「たいしたことではないかもしれないが、じっくり検討したい問題だ。週に8ドルの暮らしと、年に百万ドルの暮らし―そこに何か違いがあるだろうか?」。さて、夫からのプレゼントの包みを開いた妻は、飾り櫛を大事そうに胸に押し当てて歓喜の声を上げたかと思うと、わっと泣き始めます。しばらく泣いた後、手にしていたプラチナの鎖を夫に渡し、その日、自慢の長い髪を20ドルで売り、街中の店を探し回って見つけたこのプレゼントを金時計に繋いで使って欲しいと伝えます。すると夫は、「あの時計は飾り櫛を買うために売ってしまったんだよ。自分たちのクリスマスプレゼントは暫く仕舞っておくことにしよう」と答え、二人はつましくも暖かいイブを過ごしたという物語です。
この物語の最後に、作者は先の問いの答えをこう書いています。「さて、ここまで拙くもお伝えしてきたのは、安アパートに住む二人の愚かな若者の、どうということはない物語である。二人は自分の家で最も大切な宝物二つを、最もばかげた方法で、互いのために台無しにしてしまった。だが、現代の賢明なる皆さんに、最後に申し上げよう、贈り物をするあらゆる人々の中で、この二人は誰よりも賢明だ。贈り物を与えたり受け取ったりする人々の中で、これほど賢明な者はいない。他のどこにも、決していない。この二人こそ、本当の賢者だ」と。
ボクは心からその通りだと思うのですが、皆さまはいかが思われますか?