最近、よく話題になるカタカナ文字の言葉で、ボクが特に気になっているのが「ウェル・ビーイング」という言葉です。調べてみると、今よく使われているこの言葉の意味は、国連の専門機関の一つである「WHO(世界保健機関)」の定義を根拠にしているようです。そこで、WHOのホームページに掲載されている用語集の“well-being”の項を直訳すると、「ウェル・ビーイングとは、個人および社会が経験するポジティブな状態(a positive state)のことです。また健康と同様に、ウェル・ビーイングは日常生活の源泉であり、それは社会的、経済的、環境的な条件によって左右されます」となります。文中、ポジティブという言葉を「完全な」もしくは「申し分のない」と解釈するか、「肯定的な」もしくは「前向きな」と解釈するかによって多少、文意が変わりそうですが、いずれにしても個人の場合も社会の場合も健康、健全な状態であることを意味していると言えそうです。
さらに、「ウェル・ビーイングは、生活の質および人と社会が意義と目的意識を持って世界に貢献する能力を意味するものであり、ウェル・ビーイングに焦点を当てることは、資源の公平な分配、全体的な繁栄、そして持続可能性の道筋を支えることになります。社会のウェル・ビーイングは、その社会にどれだけレジリエンスがあり、行動力を備え、課題を乗り越える準備ができているかによって決まります」と記されています。これを見ると確かに、現在よく見掛けるウェル・ビーイングという言葉は、このWHOの定義に沿っているものと言えます。また、説明文にある「生活の質(quality of life)」や、前回お話しした「レジリエンス(resilience)」という言葉を最近よく見掛けるのも、このあたりと関連がありそうです。
一方、手元の英和辞典で“well-being”を引くと「幸福」、「福利」、「健康」などの訳語が当てられています。因みに、“being”は「存在、実在」という意味ですが、他にも「本質、実質」や「生存、生命」などの意味があると書かれています。そう考えると“well-being”とは良く存在することだと言えそうですので、WHOの定義に近い、健康的で健全な生き方という考え方があることも間違いではありませんが、より根源的には「良く存在する」、つまり、「良く生きる」という、人が生きている意味に関わる言葉なのではないかとボクは考えています。
実は、ボクの書斎には古代ギリシアの哲学者ソクラテスの、日本における研究では第一人者である、故・田中美知太郎先生が揮毫された色紙が掛かっています。それには、「大切なのは生きることではなくて、よく生きるといふことなのだ」というソクラテスの言葉が書かれています。ボクは、時折この色紙を見ながら「良く生きることとはどういうことなのか」、「自分は本当に良く生きているのだろうか」と考えることがあります。
経営者の皆さまも、時にはこうした観点から「いい経営者とはどのような存在なのか」、「いい企業とはどのような企業であるのか」と問う時間を持っていただければ、そこから新たな視界が開けてくるのではないかと思います。