本コラムを書き始めてから既に10か月が経過し、今回で30回目を迎えることになりました。毎回、経営に関連してボクが考えていること、心に思っていることなどを自由に書き綴らせていただいている訳なのですが、時折、読者の皆様から「毎回、楽しみにしています」とか、「今回は、勉強になりました」などという言葉を掛けていただくようなことがあると、こんな浅学なボクの戯言でも多少は皆様のお役に立っているのかもしれないと自惚れ、望外の喜びを感じている次第です。
そもそも厚かましくも、ボクは自らを経営「学者」だと称しているのですが、それは敢えて言えば、経営学の「研究者」とは違うし、況や経営学の「研究屋」などでは断じてないという、傍から見ればどうでもよいような些細なことに、ボク自身がこだわりを持っているためです。と言うのは、まず、経営学とは「応用科学」である、つまり経営の実践に役立って初めて意味を持つ学問分野であると信じているからです。
さらに、以前お話ししたように、経営学というものを「良いことを上手に実践するための学問」であると考えた時、いかに上手く経営を行うかというレベルで研究を行っているのが経営学の「研究者」だろうと思います。一方、上手く行うということ以前に、経営学が実現しようとしている「良いこと」とはそもそも何なのか、それを実現するための経営とはどのような経営なのかということにまで思考を巡らせ、良いことを上手く実践するためには、何をどうすればよいのかということを探求するのが経営「学者」なのではないかと考えているのです。
それにもかかわらず、最近では自らの研究がどのように経営の実践に役立つのか、さらに言えば、世の中のためにどう役立つのかという原点を見失い、自らの研究業績を増やすこと自体が目的となってしまっている「研究屋」が散見されるように思います。こう言うと、研究屋などという言葉は聞いたことがないと言われそうですが、それは、ここで初めてボクが使った言葉だからです。これは、政治の世界における「政治屋」に準えた言葉です。
すなわち、政治の世界では世のため人のため、国のため民のためを思い政治を執り行うのが真の「政治家」であるのに対して、私利私欲、自らの人気や名声を得ること自体を目的に、政界に入り込んでくる輩を揶揄して「政治屋」と呼ぶことがあるのをご存じの方は多いのではないでしょうか。このように考えると、大学教員としてのボクは、学者でありたいという志とともに、「教育屋」ではなく、真の「教育者」でありたいと希求し、日々精進を重ねていきたいと思っている次第なのです。
さて、経営者の皆様、あなたは決して「経営屋」になろうと経営者になられたのではないはずです。どうぞ真の「経営者」たらんという気概で、世のため人のため、地域社会のために共に精進していこうではありませんか。