先日、福山では恒例の「福山ばら祭り」が開催され、美しく手入れされた色とりどりのバラの花を愛でようと大勢の人出で賑わいました。何よりも、今年は3年に1度開かれる「世界バラ会議」の第20回大会が福山市で行われたことで、文字通り市を挙げての開催となりました。高貴な姿と色彩の豊かさ、気品溢れる芳しい香りから「花の女王」と呼ばれるバラの花言葉は「愛」と「美」ですが、今回のバラ会議においては、ばらのまち福山の心を表す「ローズマインド」という言葉が掲げられました。ローズマインドとは、ばらを愛し育てることを通して育む「思いやり、優しさ、助け合い」の心だとされています。
福山市民の方々は既にご存じかと思いますが、そもそも、なぜ福山が「ばらのまち」と言われているのか市のホームページで調べてみると、終戦直前の1945年8月8日の福山大空襲で多くの市民の命が失われ、市街地の8割が焼け野原と化した福山は戦後、再建復興が進められていきますが、市民の心はなかなか混迷を抜け出せないでいたといいます。そうした中、現在「ばら公園」となっている御門町南公園近辺に住む人たちが、「戦災で荒廃した街に潤いを与え、人々の心に和らぎを取り戻そう」と集まり、1956年から翌年に掛けて南公園にバラの苗木約1,000本を一本一本植え、熱心に世話を続けることによって、やがて真っ赤な花を咲かせました。
こうした住民たちの熱意は多くの人々の心を打ち、1968年には「全国美しい町づくり賞最優秀賞」を受賞します。その記念として「ばら公園」内に建てられた石碑には、「ここに善意の花ひらく」と刻まれています。まさに、当初こうした周辺住民一人ひとりの尊い善意によって一本一本植え始められたバラが、その後花開き、福山市制施行100周年の年となる2016年には市内に植えられたバラが100万本となり、ついに世界バラ会議開催へと繋がってきたわけです。
これを知って思い起こすのは、「一燈照隅、萬燈遍照」という言葉です。これは、比叡山延暦寺を開いた天台宗の開祖、最澄(伝教大師)が比叡山で修行する僧たちへの規則集として著した『山家学生式(さんげがくしょうしき)』の冒頭の文章にある、「照千(于)一隅、此則国宝」をもとにして安岡正篤氏が説いたもので、一人ひとりの人が手元の灯で自らの周りを照らす心掛けを持って実践すれば、それはやがて十万、百万の灯となって世の中を遍く照らすことになるという意味です。
まさに、福山のバラは当初の一人ひとりの小さな善意の一燈が、やがて大きな善意の萬燈となり、名実ともに福山が「ばらのまち」となったことに思いを馳せると、身近にある一輪一輪のバラの花が、より一層、愛おしく可憐に思われ、ローズマインドに謳われている「思いやり、優しさ、助け合い」の心を、一燈照隅の心掛けで実践しなければならないと教えてくれるように思います。