福山平成大学 小川教授の「経営の福袋」第25回 人国記に学ぶ(上)

 現在は絶版となっていますが、岩波文庫に『人国記・新人国記』という興味深い本があります。『人国記』の著者やその成立年代は不詳というのが通説ですが、かの武田信玄がこの書を見出して愛読し、延いてはそれが甲州軍学にも活かされたと言われていることから、それ以前に書かれたものだとされています。一方、『新人国記』の方は『人国記』を基に江戸時代初期の関祖衡という人が、これに地図を付し、多少の説明を加えて刊行したものです。両書には、日本全国の地域(旧国名)ごとの人情、風俗、気質、性格が記されており、それに比較的な評論が加えられています。

 考えてみれば、最近でこそ我々は日本全国どこにでも居住でき、旅行も自由にできることは当たり前だと考えていますし、海外にさえ気軽に出掛けることができます。また、通信の発達によりリアルタイムで見知らぬ土地の様子を見たり、見知らぬ人との会話さえ楽しむことができる時代に生きています。しかし、これは人類の長い歴史から見ればごく最近のことで、例えば、戦前までは大方の人が生まれた土地で暮らし、ほとんど生国の近辺以外の土地には行ったことがない人も多かったのではないかと思います。それ故に、各々の地域に住む人たちには各々の地域ごとに気質や人情、風俗などに特徴があり、各々の文化が形成されてきたものと考えられます。こうした地域ごとの特徴をまとめた書が『人国記』であり、信玄公も他国の風俗や気質を知るため、これを大いに参考にしたのだろうと想像できます。

 そうした地域ごとの気質や文化は、今のように移動や通信の自由が保障された世の中になっても、奥底では根強く生き続けているものと考えられ、それだからこそ今でも相互に他の地域を旅する楽しみもあるのではないでしょうか。それでは、気になる我が備後の国の項を読んでみましょう。「備後の国の風俗は、人の気実儀にして一度約をしたる事は変改をすること鮮(すくな)し。然れども愚癡(ぐち)なること多き故、不実なる事をも弁(わきま)へずして請け合ひ、終(つい)に悪名を取ること多かるべきなり。大体は西備中の風俗なり。武士の風儀もかくの如し」と書かれています。つまり、「備後の国の風俗は、人の気質が誠実であり約束したことを違えるようなことは少ない。しかし一方で、愚直で道理に暗いため騙されていることにも気づかず承知してしまい、最終的に悪者扱いされてしまうことが多いようだ。大体は備中の国の西部と同じような風俗であり、武士階級の風俗も同様である」という意味です。

 これを読んでボクは、備後人の生来的な気質が「実儀にして一度約をしたる事は変改をすること鮮し」とは何と喜ばしいことか、「愚癡なること多き」点などは努力によって後天的に解決できることではないかと考えれば、この地に生まれた幸運に心から有難いことだと思うような次第です。