福山平成大学 小川教授の「経営の福袋」第21回 ワーク・ライフ・バランス

 しばらく前まで、「ワーク・ライフ・バランス」(以下、WLB)という言葉をよく耳にしましたが、最近は少しトーンが落ちてきたような気がします。WLBという言葉を『ジーニアス英和辞典』で引くと、「仕事と余暇のバランス」とされています。この「仕事」(以下、「労働」と呼び変えます)と「余暇」に関して、少し専門的になりますが経済学の話をしてみましょう。

 まず、経済学という学問の理論の基底には、人は「自らの「効用」(言わば、満足度)の最大化を求めて行動する」という仮定があります。また、経済学において労働と余暇は対立する概念であり、先の仮定に基づけば、人は自らの自由な時間である余暇が多ければ多いほど効用が高まると想定されます。つまり、人には時間の制約(1日は24時間など)があるので、自らの効用を最大化するために、できれば時間のすべてを余暇に当てたいと考えるわけですが、それは難しい。なぜなら、余暇と並んで人にとって重要な「消費」のためには、どうしても「所得」が必要になるからです。

 たくさん財産のある人は、それによって所得を捻出できますが、十分な財産のない多くの人は、余暇を削って労働時間に充てなければなりません。つまり、労働は余暇を減らすため、効用を低減させるものということになります。経済学の確立に大きな功績のあった経済学者W.S.ジェヴォンズも、労働とは「部分的にまたは全体的に将来の利益を目的として行なう精神または肉体のあらゆる苦痛な努力」だとしています。つまり、経済学においてWLBとは本来、人が自らの限られた時間を、いかに効用の高い余暇の時間と、苦痛である労働の時間に振り分けるかという、個人的な時間配分の決定問題を指しているわけです。

 一方、2007年にわが国で制定された『仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章』を見ると、WLBは「やりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たす一方で、子育て・介護の時間や、家庭、地域、自己啓発等にかかる個人の時間を持てる健康で豊かな生活」のことだと解釈できます。この憲章は政府、地方公共団体、経済界、労働界の合意のもと策定されたものですが、その実態は専ら労働時間の短縮だけが、ぎこちなく行われているように見えます。本当に重要な部分は、仕事というものを単に所得を手にするための苦痛ではなく、いかに「やりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たす」ことに喜びを感じられるものにするかという点ではないかと思います。

 それが実現できれば、働く人のストレスは減って仕事が捗り、生み出される付加価値が増えて所得の増加や時間的な余裕が生まれ、憲章が掲げる健康で豊かな生活がもたらされるのではないかとボクは考えています。そして、それを実現できるのが経営の力だと思っているのです。