福山平成大学 小川教授の「経営の福袋」第20回 長期的な視点

 最近、企業の求人活動において「即戦力」という言葉をよく耳にしますが、個人的には浮薄な謳い文句のように思えます。例えば、大リーグで活躍する大谷翔平選手のような卓越した力を具えた人を雇うことができれば、確かに自社の戦力は高まり、強い会社に変貌する可能性が増します。ただ、問題は大谷選手の100億円の年俸です。つまり、もし彼をわが戦力にと望むならば、今以上の年俸を支払う必要があるでしょう。これは極端な例ですが、金額の多寡はともあれ理屈は変わりません。

 これには、人が働く動機はお金だけではないという反論がありそうです。まさにその通りで、ボクもそう信じています。しかし“即”戦力を得ようとすれば、金銭でということになりがちです。なぜなら、目先のことに心を奪われると利己的な思考に陥ってしまい、動機はわかりやすい金銭以外に考える余地がなくなるからです。こうした短期志向の呪縛から逃れ、即ではなく真の「戦力」を備えたいと思えば、広く様々なアイデアが浮かんでくるはずです。

 こうしたことを考えた時に思い浮かぶ、取って置きのエピソードをご紹介しましょう。ボクの尊敬する阪急電鉄の創始者、小林一三は鉄道事業を軌道に乗せるため、新しい不動産事業、流通事業、観光事業などを立ち上げ、それらを相乗的に進める事業システムを創造しました。小林の独創的な経営については、非常に学ぶところが多いのですが、それらは改めてお話しすることにして、今回は阪急百貨店の大食堂に関するエピソードです。

 1929年、阪急電車のターミナル梅田に日本初のターミナル百貨店、「阪急百貨店」が開業されます。小林はターミナルの特長を活かして、庶民向けに「安くて良いもの」を提供する新しい百貨店作りを追求し、大食堂も「どこよりも安く、どこよりもうまく、そして心持が好い」食堂を目指しました。メニューは洋食中心で50銭のランチと、カツレツ、ライスカレーなどの一品料理を30銭均一にして好評を得ました。

 しかし、1929年は世界大恐慌の年であり、以後わが国も大不況に巻き込まれていきます。当時、貧しい若者たちの間でライスのみを注文し、卓上にあるウスターソースを掛けて食べる「ソーライス」が流行しました。店側は、利益にならない客を締め出そうとしましたが、小林は「今はみんな貧しいが、結婚して子供ができた時には、この食堂を思い出し家族で来てくれるだろう」とし、「ライスだけのお客様を歓迎します」と張り紙するよう指示します。さらに、ライスのみを注文する顧客には福神漬を多く盛り付けるようにしたと言います。

 目先の損得のみに囚われず、長期的な視点で物事を考えることができれば視野が広がり、利己的な考えから解放されて、小林が実践したように「朗らかに、清く、正しく、美しく」ピンチをチャンスに変える創造的な経営が生まれるのだろうと思います。