福山平成大学 小川教授の「経営の福袋」第19回 教育について(下)

 前回は、『小学校~それは小さな社会~』という映画の中に描かれていた子供たちについてお話ししましたが、この映画でもう一つ心を打たれたのは教える側の先生方の姿でした。最近のマスコミでは、先生の不祥事の話題ばかりが目に付き、仕事がきつく鬱病などに罹る先生が増えているとか、休職者や離職者が多く、なり手不足で教員採用に支障が生じているといった暗い面ばかりが報道されるのに対して、映画の中の先生方が一所懸命、愛情深く子供たちに接する姿に大いに感動すると共に、心から有難いことだと手を合わせたくなるような思いでした。

 しかし、考えてみれば真の教育とは本来こういうものではないかと思います。教育とは文字通りには「教え、育てる」ことですが、“教”という字は「教える」の他に「教わる」とも読みます。まさに「負うた子に教えられて浅瀬を渡る」のことわざ通り、人に教えることはまた、教える側が大いに教わることでもあり、そこに謙虚さも生まれるわけです。また、この字について『字通』では「上の施す所は、下の倣(なら)ふ所なり」とされており、これに従えば、まさに先生が子供たちに深い愛情を施すならば、子供たちもそれに倣って愛情深い人間に成長していくということだと言えます。

 一方、“育”という字は「育てる」の他に「育(はぐく)む」とも読みます。この育むという読みは、親鳥が仔鳥を風雨や天敵から守るために自らの羽根の下に包み込むという意の、万葉集の歌にある「羽包(はぐく)む」からきたもので、子供を慈しみ大切に養うという意味を持ちます。つまり、それは単に食べ物や衣服などを与えて養うということではなく、子供を慈しみ愛情を持って育てることなのです。また、この字について『字通』では、「子を養ひて、善を作(な)さしむるなり」とされていることから、子供を善き人となるよう慈愛深く育てることだとも言えます。

 奇しくも現在、『104歳、哲代さんのひとり暮らし』という映画が広島県内で上映され、大きな話題を呼んでいますが、実はこの映画の主人公“哲代おばあちゃん”こと石井哲代さんは、ボクの小学校1、2年生の時の担任の先生です。当時の石井先生も映画の中の明るく元気なご様子そのままで、いつも先生の周りには子供たちばかりではなく、お母さんたちも多く集まり、“ママさんコーラス”や“バザー”などの明るい輪ができていました。こうした反面、躾には大変厳しい面もお持ちの先生でした。しかし。そうした時にも愛情深く、まるで母親のように慈しんで下さったことを思い出します。今のボクの人間としての土台は、幼年期における石井先生の教育によって形作られたものだと心から感謝しています。

 さて、社内教育が上手くいかない、人が育たないとお嘆きの経営者の皆さま、今回の教育の話は多少なりとも参考になりましたでしょうか?