先日の日経新聞のコラムに、「日本のごく普通の公立小学校の日常を撮ったドキュメンタリー映画が教育大国フィンランドでロングラン上映され話題になっている」と書かれていたのを読み、教育者の端くれであるボクも大いに興味を掻き立てられました。それは、『小学校~それは小さな社会~』という映画で、監督は日本人の母とイギリス人の父を持つ山崎エマ監督です。1989年に日本で生まれた監督は、大阪の公立小学校を卒業して中学・高校はインターナショナル・スクールに通い、卒業後は渡米して大学で映画製作を学んだのち修業を積み、今は日本を拠点に日米で活動しているということです。
そこで早速、映画館に足を運んだのですが、正直なところ観る前は今どきの小学校はどうなっているのだろうという気持ちでいました。しかし、スクリーンに映し出された子供たちの姿は、時代は違えど、まさに60年前に小学生だったボクが泣いたり、喜んだり、悩んだりしている姿そのもので、児童たちの姿をとても愛しく思うとともに、6年の間の子供たちの成長に改めて感心し、昔の自分を見ているような懐かしさも加わって上映中、眼には常に涙が滲んでいました。
インタビューの中で監督は、「6歳ぐらいの子どもは世界のどこでも同じようだけれど、12歳の日本人は欧米の子供と違う。それは学校でさまざまな役割を与えられ、コツコツと大人になる訓練をしているからだ」と述べ、「教育で人は作られるし、日本の公教育は“社会・集団との協調性”を育てる役割を担っている」と話しています。また、「隣の子どもの悩みを自分のことのように受け止める“助け合いの精神”、“思いやりの気持ち”を尊重する日本の小学校は優れている」と語り、この映画に込めた最大のメッセージはここにあると言っています。
一方、映画には教員たちの研修での大学教授の講演の様子も収録されており、「日本の教育が求める集団性の強さと協調性は、いいことばかりではない。もろ刃の剣である」と、同調圧力に転じる危うさを指摘する場面も盛り込まれています。確かに、それは正論なのですが、それではどうすべきなのかを示さない識者の、体のいい逃げ口上のようにもボクには聞こえます。
実際に外国では、「日本の子どもたちはすごい」との声が数多く聞かれたと言います。例えば、フィンランドでの「コミュニティづくりの教科書。自分たちの教育を見直す場になった」との感想に対して、監督は「その背景には“自由優先の価値観”で進めてきた結果、“自分のことしか考えない子供”が増える中で、日本のやり方からヒントをもらえるのではという気持ちが滲み出ていると感じました」と述べています。
それにもかかわらず、今の日本の教育が自分のことしか考えないような人を増やす方向に進んでいるように、ボクには危惧されてならないのです。