今や、AI(人工知能)は、実用レベルで身の回りの様々な分野に応用されつつありますが、その実用化に大きく貢献したのが、グーグルの「アルファ碁」開発プロジェクトだと言われています。1997年に、初めてチェスの世界チャンピオンに勝利してから後も、人間の知能に挑み続けてきたスーパーコンピュータでしたが、チェスや将棋に比べて可能な局面数が格段に多い囲碁において、コンピュータが人間を破るのは、まだ先のことだろうと考えられていました。
しかし、そうした矢先の2015年「アルファ碁」が囲碁のヨーロッパチャンピオンを破ると、その翌年には18回の世界戦優勝の経験を持つトップクラスの棋士に勝ち、さらに翌々年の2017年には、現役の世界ランキングトップの棋士を下して、囲碁の世界においてもついに頂点に立ち、世界を驚かせました。この「アルファ碁」の登場は、人工知能の有用性を広く世界に知らしめるものとなり、今のAIブームを呼び起こすきっかけとなりました。
さて、囲碁と言えば、郷土出身の本因坊秀策という不世出の棋士がいます。江戸時代、因島(現、尾道市因島外浦町)に生まれた秀策の姓は桑原、幼名を虎次郎といいます。秀策は、江戸時代に毎年1回、囲碁の家元四家によって徳川将軍の御前で行われた囲碁対局、「御城碁(おしろご)」において前人未到の19連勝を果たした不敗の棋士として、今もその名を留めています。その秀策が座右の銘としていたとされるのが、中国唐代の名手、王積薪が作ったと言われる、以下のような10の格言「囲碁十訣(いごじっけつ)」です。
不得貪勝:貪らば勝ちを得ず
入界宜緩:界(相手陣)に入らば宜しく緩なるべし
攻彼顧我:彼(相手)を攻むるに我を顧みよ
棄子争先:子(つまらぬ石)を捨てて先を争え
捨小就大:小を捨てて大に就け
逢危須棄:危きに逢わば須らく捨つべし
慎勿軽速:慎みて軽速なるなかれ
動須相応:動かば須らく相応ずべし
彼強自保:彼強ければ自ら保て
勢弧取和:勢い弧なれば和を取れ
囲碁が、チェスや将棋と最も異なる点は、後者が相手の王様の駒を先に取った方が勝ちであるのに対して、囲碁は最終的に囲んだ陣地の多い方が勝つ陣取りゲームであることです。つまり、チェスや将棋は相手の王様の息の根を止めることを目指すわけですが、囲碁の場合、例え1目(もく)の差であっても、最終的に陣地の多い方が勝ちということになります。こうして考えると、囲碁は経営の世界に大いに通じるところがあるように思います。すなわち、われわれには確かに競争せざるを得ない側面はあるのですが、もう一方では相手と共存していかなければ社会は成り立たないという面も間違いなくあるからです。この点の理解が、AIとは異なる人間らしい考え方のもとであり、囲碁十訣はそれを教えてくれているのではないかと思います。