福山平成大学 小川教授の「経営の福袋」第14回 海老の如く脱皮する

 皆さま、新しい年明けはいかがお過ごしになりましたでしょうか。ご家族やご親戚などと、ゆっくり過ごされたのではないかと思います。久し振りに会う親しい方々と一緒に、おせち料理を囲んだ方も多かったのではないでしょうか。ご存じのように、おせち料理の食材には新春に因んだ、それぞれ目出度い意味が込められています。

 例えば、数の子は卵の数の多さから子孫繁栄の祈りが、田作りはゴマメ(五万米)とも呼ばれ、その材料となるカタクチイワシを肥料にすると、お米がたくさん獲れたところから豊年満作の祈りが、栗きんとんは黄金色であることからお金に苦労しないようにとの祈りが込められています。また、昆布巻はよろこぶという語呂から多くの喜びがもたらされるようにとの願いが、黒豆はまめに働いて、まめに暮らしていけるようにという語呂から家内安全の願いが込められています。そして、海老は朱色の目出度い色とともに、その長いヒゲと腰の曲がった姿から、男女が老年に至るまで長生きをして共に添い遂げられるようにという、長寿と夫婦円満の願いが込められています。

 実は、おせち料理の海老を見ると、ボクは「海老は永遠の若さの象徴である」という、もう一つの謂れを思い出します。これは、思想家の安岡正篤氏の講演録に記されていたことなのですが、氏自身この話がとても気に入っておられたようで、何度もこの話題を語っておられます。海老は、あのように硬い殻に覆われていますが、実は生きている限り何度でも脱皮する習性があり、殻が硬くなるといつでもすっぽりと殻を脱いで固まらない。そうして常に弾力性を持っているところから、老いず、固まらず、いつまでも若さを失わない永遠の生命、永遠の若さを象徴しているということです。

 われわれ人間というものは案外、早く型に嵌ってしまいがちであり、固定概念に囚われてしまうところがあるものです。例えば、会社に入れば会社の殻というものがあり、役人になれば役人の殻、学者になれば学者の殻というものがある。そのため人間は、その世界に入ると直に、その殻の中に閉じ籠ってしまいがちになるという訳です。そこで、そうしたことを逃れるために、われわれは海老が脱皮する如く「常に柔軟に、倦まず弛まず探求的な態度を持って努力し続けなければならない」というのが安岡氏の教訓です。

 ただし、早合点は禁物です。こうした話を聞くと、何でも新しいものに飛び付けばいいと短絡的に考え、それに振り回されている人も少なくないようですが、それ自体もまた型に嵌った危うい考え方だとボクは思います。なぜなら、海老を狙う捕食者にとって、海老の脱皮時は絶好の捕食のタイミングでもあるからです。つまり、脱皮のタイミングは、やはり自分自身で決めなければならないということなのです。